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東京都世田谷区 〜世田谷まちづくりセンター〜

まちづくりファンドのトップランナー、世田谷まちづくりファンドについてのレポートです。

   
 

東京都世田谷区 〜世田谷まちづくりセンター〜(1/3)

世田谷区東京都世田谷区

1993(平成5)年から事業を開始した東京都世田谷区の「世田谷まちづくりファンド」。住民主体のまちづくりを中立的な立場から支援する基金として設置されたもので、募金型の公益信託という方式をとっている。このファンド、世田谷区都市整備公社の資金提供による行政系の基金ではあるが、公開審査から発表会までファンドの使われ方の一連の流れを開示するなど、その運営はかなり民間的な自主性のあるものとなっている。お金だけでなく情報の提供やネットワークの構築などさまざまな効果をもたらしているファンドであるが、その設立の経緯、運営のしくみを紹介するとともに市民団体の自主的な活動に対する効果的な助成のありかたについて考えてみる。

第1節 東京都世田谷区概要

 東京23区のうち南西端にある区。区域の大半は武蔵野の洪積台地に属し、その台地の周縁部は多摩川の河岸段丘および沖積平地である。北は杉並区、東は目黒区と渋谷区、南は大田区と多摩川を隔てて神奈川県川崎市、西は東京都狛江市、調布市、三鷹市に接している。区の成立は1932年(昭和7)で、36年に北多摩郡砧村(きぬたむら)と千歳村(ちとせむら)を吸収合併した。47年、特別区となる。面積は58.08km2。人口は78万3152人(2001年)。
 世田谷は、明治末期にはじまる交通機関の発達にうながされて本格的に開発された。世田谷まちづくりセンターのある太子堂地区は玉川電車の開通で開発され、世田谷区で最も早く開発された地区の一つである。世田谷区は昭和女子大、東京農大、駒沢大、武蔵工大、明治薬科大、日本体育大、多摩美大、国士館大、昭和薬科大、成城大などの大学があつまり、学園都市のおもむきがある。民間アパートや団地群の造成などで人口が激増し、23区内でも最多の人口をかかえている。しかし、こうした人口集中に対して、生活環境の整備は十分とはいえない。現在、世田谷まちづくりセンターのある東急世田谷線の三軒茶屋駅周辺も、再開発計画にもとづき展望ロビーや劇場を付設したキャロットタワーが出現するなど世田谷地区を代表する商業地区になりつつある。

第2節 公益信託とは

 「世田谷まちづくりファンド」は公益信託であるが、そもそも公益信託とは何かを整理してみよう。
公益信託とは、「公益のために不特定多数に助成することを目的とした基金」である。信託法に基づく基金であり、信託を簡単に言うと金銭や土地などの財産の運用や管理を信頼できる他の人に委託することである。公益信託は信託のいわば特別型で、信託したお金の運用益や時には一部を取り崩したお金で、委託者や受託者を除く不特定多数に資金助成をする仕組みである。また公益信託は、主務官庁が設定の許可やその後の監督を行い、信託の目的を果たすために助成先などについて受託者に助言を行う「運営委員会」や不特定多数の受益者の代表としての「信託管理人」を原則として置くことになっている。税制面では公益信託では運用収益が非課税となる金銭的なメリットがあり個人や企業が寄付した場合の税の優遇措置もある。
公益信託の流れ
  1. 信託銀行等が、主務官庁に公益信託の引受けの許可を申請。
  2. 主務官庁は、これを審査のうえ、これを許可。
  3. 許可を受けた後、出捐者と信託銀行等との間で、公益信託契約を締結。
  4. 主務官庁は、公益信託の監督や、事務処理についての検査、必要な処分を命ずることができる。
  5. 信託管理人は、不特定多数の受益者のいわば代表者として、信託銀行等の職務のうち重要な事項について承認を与える。
  6. 運営委員会等は、公益目的の円滑な遂行のため、信託銀行等の諮問により、助成先の選考および公益信託の事業の遂行について助言・勧告を行う。
  7. 信託銀行等は、運営委員会等の助言・勧告にもとづき、その公益信託の目的に沿った助成先への助成金の交付を行う。

第3節 公益信託「世田谷まちづくりファンド」設立経緯

世田谷まちづくりファンドの仕組み
1986(昭和61)年度に策定された世田谷区の新基本計画に「まちづくりセンター」を設置することが位置づけられた。翌1987(昭和62)年度から調査が始まり、1990(平成2)年度の設立をめざしていた。当初はいわゆる箱物のセンターがイメージされていたが、その後のヒアリングやプレハブの場所を実験的に住民と区で運営するアクション・リサーチの中で、立派な器をつくることより住民活動への資金支援や情報交換、ネットワークづくりが重要ではないかという意見が次々と出された。
 また、1988(昭和63)年にアメリカ各地のNPOを訪問する中で、住民主体のまちづくりを推進するためにはボランティアだけでなく、プロフェッションとして関わる人も必要で、それを実現する仕組みをつくるべきではないかということが実感された。その後、住民と区とで、基金のあり方が議論され、募金型の公益信託とすることになった。これは、住民・行政・企業から集めたお金をもとに、中立の運営委員会によって助成決定を行う仕組みを創ろうというのである。住民・行政・企業は基本的にはパートナーシップを組んでまちづくりを進めていくのであるが、時には行政や企業と対立する住民活動から申請が出されることも想定されたため、このような活動も支援でき得る立場を確保したのである。
この結果、当初の「箱物のまちづくりセンター」より、「まちづくりの基金を中心とする仕組み」に目標が転換されファンドが創られることとなったのである。ファンドの運営委員会の事務局は行政に比べてより柔軟に対応できる外郭団体を活用しようと、1992(平成4)年に(財)世田谷区都市整備公社の中に「世田谷まちづくりセンター」が設立された。こうしてまちづくりセンターは当初考えられていた箱物ではなく都市整備公社内の1組織として設けられることとなった。

 

設立経緯

  • 1986(昭和61)年 基本計画に「まちづくりセンター」を設置することを位置づけ


  • その後のヒアリングでハコものより「住民活動への資金支援や情報交換などを 提供する方がいい」との意見が多く出された。
  • アメリカのNPOを調査した結果、ボランティアだけでなくプロフェッションに活動
     に関われる人が必要であり、そのための仕組みを作るべきと実感


[まちづくりセンター] → [まちづくりの基金を中心とする仕組み]
転換!


 さらに同年まちづくりセンター設立後、まちづくりセンターは世田谷区からの調査費を受けて来たるべき助成のシミュレーションとして「まちづくり活動企画コンペ」を行った。「コンペ」では応募・申請、助成内容、助成決定の方法、助成決定後のあり方などについて実践的な検討が行われ、公開審査や報告会が実施された。また、機会あるごとに参加者へアンケート調査を行った。この成果をふまえ同年12月に原資を(財)世田谷区都市整備公社が出してまちづくり活動を行う団体へ資金助成が行うことを目的とした「公益信託世田谷まちづくりファンド」が設立されたのである。
 このようにして、「世田谷まちづくりファンド」が設立されたのであるが、世田谷区が住民まちづくり活動への助成事業に公益信託制度を採用した理由は以下の2点である。

  1. 事務局が不要であることによる経済効果
      公益信託は、事務局としての役割を信託銀行が担うため、新たに事務局を設ける必要が無く経費が削減される。
  2. 中立的な立場の確保
     助成先の決定については委託者には権限が無く、信託銀行が運営委員会の助言に基づいて行う。この運営委員会は学識経験者などで構成されており、行政や企業など特定の意志に左右されず中立的な立場で助成の決定に関わることが出来る。

このように公益信託が世田谷まちづくりファンドの趣旨に最適の制度だったのである。

世田谷まちづくりセンター

 


NOW FOR FUTURE!! は福岡市職員の自主研究グループです。
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